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ベネッセハウスは高い。それでも僕が3回泊まって、また帰りたい理由

直島のベネッセハウスに3回宿泊した男性と、アートや建築、瀬戸内の景色を描いたアイキャッチ

直島にあるベネッセハウスに、これまで3回泊まりました。

オーバル、ビーチ、ミュージアム。

あとパークに泊まれば、4つの宿泊棟をコンプリートです。

だから、たぶんまた行きます。

でもベネッセハウスって、決して安いホテルではありません。

でも、いわゆる高級リゾートのように、値段に比例して何かをたくさんしてもらう場所とも少し違う気がします。

接客はとても丁寧です。食事も美しい。建物も客室も心地いい。

それでも、僕が3回泊まって今も覚えているのは、豪華な設備やサービスではありません。

真っ黒な瀬戸内海。

波の音。

人がいなくなった夜の美術館。

作品の前で、好きなだけ立ち止まっていた時間。

友達と、普段ならしないような話をした夜。

そして、何もしないで過ごした部屋。

ベネッセハウスで受け取っていたものは、たぶん「サービス」という言葉だけでは説明できないんです。

初めて泊まったオーバルについては、当時の宿泊体験も残しています。今読み返すと、今とはまた違う目線で書いていて、それも自分の記録として面白いです。 

→ 直島でベネッセハウス「オーバル」に宿泊して芸術にふれてきました

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直島に泊まってみたいと思った

直島から眺める穏やかな瀬戸内海を描いた水彩画風イラスト

直島を知ったきっかけは、瀬戸内国際芸術祭でした。

安藤忠雄の建築がもともと好きだったこともあり、何度か直島へ足を運ぶようになりました。

でも最初からベネッセハウスに泊まったわけではありません。

初めて宿泊したのは、3回目くらいの直島訪問だったと思います。

何度か訪れるうちに、

「いつか、この島に泊まってみたい」

と思うようになりました。

日帰りで観光するだけではなく、観光客がまだ少ない朝や、みんなが島を離れたあとの夜も見てみたかった。

草間彌生の《南瓜》を、人の少ない時間に眺めてみたかった。

そして何より、直島に流れている独特の時間の中で、一日を過ごしてみたかったんです。

初めて泊まったのはオーバル。30代半ばには大きな買い物だった

最初に選んだのは、ベネッセハウス オーバル。

丘の上にある、わずか6室の宿泊棟です。

当時の僕は30代半ば。

普通に考えたら、なかなか思い切った宿泊でした。

ただ、一緒に行った友達が同じ価値観で、

「泊まりたい」

と言ってくれた。

それが大きかったと思います。

しかも当時は、ベネッセホールディングスの株主優待券を入手して、たしか半額くらいで宿泊できました。

なので、

「高っ!」より「こんな値段で泊まってすみません」

の方が強かった。

周りのお金持ちの皆さん、すみません。

私、半額です。ごめん。

その後もGo To トラベルや、割引率が変わった株主優待などを利用して、合計3回泊まりました。

お得に泊まってきたのは事実です。

でも、3回目まで来ると分かります。

安かったから、また行ったわけではありません。

作品って、もう景色なんだ

直島へ行くたび、一緒に行くメンバーは違いました。

気づけば僕がホストみたいになって、

「ここがいいんだよ」

と直島やベネッセハウスを案内する。

そして誰かに伝えるたびに、自分がもっと好きになっていくんです。

雨男の僕なのに、直島は毎回いい天気で迎えてくれました。

海があって、山があって、木がある。

そして、その中に作品がある。

何度か訪れているうちに、僕にとって直島のアートは「作品を見に行く」という感覚とは少し違うものになりました。

作品って、もう景色なんです。

素敵な海や山があって、そこに一本のきれいな木があるように、直島にはその場所に作品がある。

そして作品が置かれることで、その空間に意味が生まれる。

逆に作品を見ていたはずなのに、光や風、海、天気といった自然の方へ目が向くこともあります。

絵画のように、別の美術館へ移して同じように展示できるものとも少し違う。

その地に縛られた作品。

だから、また同じ場所へ会いに行きたくなるのかもしれません。

人がいなければ、作品と二人きりになれる

ベネッセハウスに泊まると、夜のベネッセハウス ミュージアムを楽しめます。

一般の開館時間が終わったあとも、宿泊者は23時まで鑑賞できます。

これが僕は好きです。

夕食を終えて、少しお酒が入っていることもある。

部屋着に近いリラックスした格好だったり、昼間のように荷物を持っていなかったり。

そして何より、人が少ない。

僕は美術評論家ではないので、作品について難しいことは語れません。

ただ、人がいないと自分のペースで作品を見られるんですよね。

好きな作品の前に長くいてもいい。

次の人を気にして場所を譲らなくてもいい。

運がよければ、その空間に自分しかいないこともあります。

大袈裟に言えば、

作品と二人きりになれる。

すると、作品と会話しているような不思議な気分になることがあります。

昼間に見たのと同じ作品なのに、時間が変わるだけで感じ方も変わる。

朝には朝の作品があって、夜には夜の作品がある。

宿泊して初めて知った直島の時間でした。

夜の海は、びっくりするくらい真っ黒だった

夜の直島で見た暗い瀬戸内海と島影を描いた水彩画風イラスト

夜の直島で今も覚えているものがあります。

海です。

昼間はあんなに穏やかで、きれいな瀬戸内海なのに、夜になるとびっくりするくらい真っ黒になる。

街の夜景に慣れていると、少し怖いくらいです。

そのかわり、空を見ると星がきれいでした。

海と山と空。

昼間は作品を見ながら歩いていた場所が、夜になると自然の存在を強烈に感じる場所になる。

きれいだけじゃなく、自然の恐ろしさすら感じる。

これも、昼間だけ直島を訪れていた頃には知らなかった景色です。

安藤忠雄の建築は、氷山の一角のように感じる

直島には、安藤忠雄が設計した建築が集中しています。

僕が直島の安藤建築を見ていて感じるのは、氷山みたいだなということです。

地面の上にドンと建物が立っているというより、景観や自然を邪魔しないように、建物が地面の中へ隠れている。

外から見えているのは、その一部だけ。

中へ入ると、そこには想像していた以上に広い空間があります。

地下にいるはずなのに、不思議と閉塞感がない。

光の入り方が計算されていて、無駄な柱や壁が視界を邪魔しない。

コンクリートの建築なのに、冷たいというより空間の豊かさを感じます。

そして、心地いい。

ベネッセハウスの客室も同じでした。

僕にとってあそこは、

寝るための空間ではなく、過ごすための空間。

テレビがない。目立つ時計もない。でも、それがいい

ベネッセハウスの客室にはテレビがありません。

時計も、時間を強く意識させるような置かれ方をしていません。

最初は不便に感じそうなものです。

でも実際に泊まってみると、僕はまったく困りませんでした。

ビーチに泊まったときは、部屋にいると波の音が聞こえてきました。

海を見る。

散歩する。

友達と話す。

それくらい。

本当に何もないんです。

でも、その何もない時間が豊かでした。

普通のホテルへ友達と泊まると、大浴場へ行って、ラウンジへ行って、食事へ行って。

案外忙しい。

友達とゆっくり話しているようで、ずっと誰かの目がある場所にいることも多い。

ベネッセハウスでは、不思議と「外へ出なきゃ」と思いませんでした。

部屋そのものが、過ごす場所になっているからです。

自分の家にいるようにリラックスできる。

でも、友達の家にいるときのように気をつかう必要もない。

これって、結構すごいことだと思います。

「不便こそ豊かさ」は、格好つけすぎかもしれないけれど

直島には、都会のように何でもあるわけではありません。

選択肢だって多くない。

でも、選択肢がないからこそ迷わない。

その場所で過ごすためのものが、最初から選ばれているようにも感じます。

「不便こそ豊かさ」

なんて書くと、ちょっと格好つけすぎかもしれません。

でも実際、僕は不便だと思った記憶がほとんどありません。

むしろ、選ばなくていい。

探さなくていい。

次に何をするか考えなくていい。

そのぶん、目の前にあるものをちゃんと見ていた気がします。

客室に置かれているパンフレットには、ベネッセのフィロソフィーや「よく生きる」という考え方について書かれています。

テレビもない部屋でそれを読むと、

「よく生きるって、なんだろう」

なんてことまで考えてしまう。

日常生活では、なかなかそんな時間はありません。

食事もまた、その時間の一部だった

ベネッセハウスでの食事も印象に残っています。

もちろん、高級ホテルや料亭のように丁寧につくられたコース料理です。

でも僕が覚えているのは、料理の味だけではありません。

秋に和食をいただいたときには、竹で編まれた虫籠のようなものをかぶせて料理が運ばれてきました。

一品ずつ美しく、季節そのものが料理になったようなコースでした。

レストランもアートから切り離された場所ではなく、美術館のすぐそばだったり、作品のある空間とつながっていたりする。

食事をする時間まで、ベネッセハウスで過ごす一日の一部になっている。

そんな感覚があります。

宿泊者専用バスは、アート巡りの「ファストパス」みたいなもの

ここまで感覚的な話ばかりしてきましたが、実用的なメリットもあります。

アート巡りをするなら、ベネッセハウスに泊まるとかなり便利です。

宿泊者だけが利用できる専用バスがあり、宮浦港や本村、ベネッセハウスだけでなく、李禹煥美術館・ヴァレーギャラリー前、地中美術館などを結んでいます。

僕はこれを、勝手にアート巡りのファストパスみたいなものだと思っています。

もちろん、美術館へ優先入場できるという意味ではありません。

でも、島内の移動を考える負担がぐっと減る。

さらに宿泊中は、ベネッセハウス ミュージアム、ヴァレーギャラリー、杉本博司ギャラリー 時の回廊を無料で鑑賞できます。

「次はどう移動しよう」と考える時間が減るぶん、作品を見る時間に使える。

これは何度か直島を巡ったからこそ、ありがたさが分かる特典でした。

※宿泊者特典やバスの運行内容、各施設の開館状況は変更される場合があります。旅行前にベネッセアートサイト直島の公式情報をご確認ください。

ベネッセハウスだけでなく、直島そのものをどう巡るかについては、以前こんな記事も書いています。 

→ 瀬戸内に浮かぶ直島アートを鑑賞するおすすめ旅行プラン

スタッフとの距離感も、ベネッセハウスらしい

スタッフの接客も印象に残っています。

部屋まで案内してくれるし、説明も丁寧。

身だしなみもきっちりしています。

でも僕には、いわゆる「高級ホテルのホテルマン」というより、

学芸員や館長に近い雰囲気

に感じられました。

必要なことは丁寧にしてくれる。

でも、過剰に踏み込んでこない。

旅の目的を根掘り葉掘り聞かれることもない。

僕には、その距離感がとても心地よかった。

たくさん話しかけてもらうことがサービスなのではなく、その人がその場所で過ごす時間を邪魔しないこともサービスなのかもしれない。

ベネッセハウスでは、そんなふうに感じます。

3回泊まっても、また帰りたい

これまで、

オーバル。

ビーチ。

ミュージアム。

3つの棟に泊まりました。

あとパークに泊まれば、4棟すべてです。

だから、また行きたい。

でもコンプリートしたいからだけではありません。

何度訪れても、作品はそこにあります。

光や季節、天気は変わっても、作品は同じ場所で待っている。

以前見た作品に再会すると、

「おかえり」

と言われているような気がするんです。

たぶん僕がベネッセハウスへ「また泊まりたい」ではなく、**「また帰りたい」**と思うのは、そのせいなのかもしれません。

泊まるか迷うなら、やめたらいい

ここまで書いておいて、最後にこんなことを言うのも変ですが。

もし、

「ベネッセハウス、高いなあ。泊まろうかな。どうしようかな」

と迷っているなら。

僕なら、

泊まるか迷うなら、やめたらいい。

と言います。

少し意地悪に聞こえるかもしれません。

でも、お金に迷ったまま泊まると、

「この値段なら、これくらいしてくれるはず」

「同じ金額なら、あのホテルの方が豪華だった」

そんなふうに、何かと比べながら過ごしてしまう気がするんです。

実際、「ベネッセハウス 安く泊まる」という言葉で検索する人がいることも知っています。

僕自身、株主優待や旅行支援を使ってお得に泊まってきました。

だから安く泊まりたい気持ちを否定するつもりは、まったくありません。

それでも、少し寂しい気持ちになることがあります。

僕にとって直島は、安いから行く場所ではありませんでした。

瀬戸内国際芸術祭で知って。

安藤忠雄の建築に惹かれて。

作品を見て。

海を見て。

何度か訪れるうちに、いつかここに泊まってみたいと思った。

魅せられて、憧れに引き寄せられて訪れる場所。

だから、無理に行かなくてもいいと思います。

「行きたい」

そう自然に思ったときに行けばいい。

そのときにはきっと、

お金の迷いなんて、もう消えているから。